特典(3): ガン特典の新たな傷

Wednesday, July 30, 2014 0 No tags Permalink

入院して15日目ぐらいのころ、自分の容態が安定していなかったので、できれば卒業論文を完成させようとしました。しかし、化学療法の副作用が徐々にでてきて、吐き気もあって(吐き気止めで抑えていました。)、髪の毛もどんどん抜けていくし、血小板値も全く上がりませんでした。

15日間も一切ご飯を食べられませんでした。これは実に最もつらかったかもしれません。お腹は空きませんでしたが、ご飯を食べたかった。(血小板値がまだ低かったので、食事を禁止されていました。)また、就活の結果が一次を通過しても面接に行けなくて、悔しかったです。

そのとき、熱が出ました。空気清浄機がついていた病室から一歩も出たことがなかったのに、40度ぐらいの熱が1週間以上も続きました。熱さましを飲んでも38-39度ぐらいまでしか下がらなかったのです。(白血球が少なかったため、普通のばい菌でも大変危険な状態でした。)

40度の熱が出た状態が2週間ぐらいも続いていました。ずっとベッドの上で生活していました。(ほぼ寝ていただけでした。)白血球が少なかった状態だからこそ、この病気の恐ろしいところです。また、血小板値が低かったため、足や手がベッドにちょっとだけぶつけただけでも、簡単にあざができちゃいました。(当時は数え切れなかったほどのあざができました。)

新たな苦しみ

熱が続いていても、暇な時間は、熱のことを我慢して、時々パソコンで遊んでドラマや映画を見ました。しかし、ある朝に目がボヤけてきました。文字や人の顔が判断できないぐらいひどかったです。

Macular Degeneration block my vision

僕はまた休んだら、治せると願いながら、一眠りしました。ですが、一日中、ずっと休んでもよくならなくて、また落ち込みました。僕は自分がガンになった時に自分が泣いたかどうか覚えていませんでしたが、今回目がボヤけたときは、涙が自然に流れてきました。自分の目が見えなくなったら、この人生は終わりだという印象が残りました。

よく見えない目

自分の視覚がぼやけてきたとき、眼科の検査を受けました。病状は「黄斑変性」(おうはんへんせい)でした。原因はいつもと同じように血小板が少なかったため、目の中で出血したとき(いつか分かりませんでした)に、血が止まりにくくなったことにより、目の中に溜まっていました。その溜まっていた血が僕の視覚をぼやけさせました。

さらに、先生に「これはどれくらいでもとに戻りますか?」と聞きました。

「人によってですが、はっきり分かりません。」という答えをいただきました。

納得いかなかった僕は「だいたいでもいいです。」としつこく聞いたところ、

先生は「じゃ、6-8週間です。」とおっしゃいました。

言うまででもないと思いますが、治せるのはよかったのですが、全くうれしくなかったのです。なぜかというと、自分は予定通りに卒業論文を書けませんでしたし、日常生活を過ごし辛かったし、ほとんどの生活は非常に退屈でした。音楽を聴いたり、友達や家族と電話で話したりしました。

だんだん生活していく上で分かってきたことは、大きいサイズの文字なら何となく読めたので、自分のパソコンにあるチャットプログラムのフォントを大きくしました。(おそらく、30ぐらいのサイズにしました。)面会してきた友達がこれを見て、相当笑らわれちゃいました。当時の薬の袋にも袋の半分ぐらいのサイズで「朝・昼・夜」と書いていただきました。

つづく

一つのお知らせですが、これから僕はより短く更新しますが、更新のペースを上げようと思います。これをご了承いただきたいです。次の更新は今週の土曜日ですが、話の続きではなく、僕なりに白血病に関する記事を書きたいと思います。

もしよかったら、僕のTwitterでもこちらです。

最後なんですが、もしよかったら、シェアしていただいたら、非常にうれしいです。それではまた次回の更新です。よろしくお願いいたします。

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