特典(4): 闇の中の小さな光

Wednesday, August 6, 2014 0 No tags Permalink

お風呂に入りたかったし(一回しか許可をもらわなかった)、食事もそうだし、日々苦しみが続いていたら、ちょうど30日目に、血小板と白血球と赤血球が上がりました。そうです!!ずっと待っていました食事が許可されました。


My first meal in 40 days

写真を見てわかると思いますが、量が非常に少なかったのに(お粥で3割しかご飯が入っていませんでした)、ずっと食べたかったのに、その食事を食べきれませんでした。しかも、口に入れても、全く味がしませんでした。どれでも無味だと覚えていました。ただし、僕の中は非常にうれしかったです。

待っていました言葉

一週間後、食事を通常の量に食べきれはじめました。おかげさまで、僕の状態が徐々に元気になりました。熱もなかったし、食べられましたし、白血球なども上がっていた傾向でした。そこで、光の扉が開いたとたんに、先生がいつものペースに入ってきました。

「明日、退院しましょうか?」とおっしゃいました。

全く期待していなかった僕は「本当ですか?この状態で退院できますか?」を言いました。(目がまだ完全に治ってなかったし、白血球も赤血球もまだ通常の数字に足していませんでした。)

「いいですよ!でも、四日間だけで戻ってきてね」

「もちろんです。」

ないよりましなので、僕は「わかりました。」と返事した後に、「この点滴の管はどうなりますか?」と聞きました。

先生は「一旦抜きましょう。ちなみに、骨髄検査もしますよ。では、午後に両方をやりましょう。」と言いながら、病室から出ました。もちろん退院できてよかったのですが、一瞬「骨髄検査」の想像だけで、退院できる幸せがどこかに飛んでしまいました。

まな板の上の鯉

時間がたって、午後になりました。自分はまるで、まな板の上の鯉です。先生と看護師さん一人が病室に入りました。

麻酔されてからの痛みで、ぴりっとしました。また、胸の骨の真ん中まで、ドリルでぐりぐりと音がしただけで、麻酔が効いていても自分の手が汗まみれになりました。今回は初めての時と違って、骨髄検査の内容を理解したので、倍ぐらい怖かったです。

そして、僕は痛みを感じた瞬間に「痛っ!!」と大声をだしました。

「おっと、じゃ行きますよ、3,2,1!!!」一回目の痛みで、全身が震えました。

「二回目も行きますね。3,2,1!!!」

先ほどより両手のひらが汗まみれの状態になったし、痛みを感じた時に強く爪で押しちゃいました。(手がちょっとだけ痛みを感じたら、検査の痛みを少しでもごまかせるかもしれないと思いました。)

「はい、検査終了です。次は足にある管を取りますね。」先生はこういいました。

「ちょっと休めないですか、先生。先の痛みがまだ残っていますよ」と無理にお願いしました。

「大丈夫!!今回はいれる時ほど痛くないから、しかも先ほどは痛いことをしたから、全然比べものにならないよ」先生は笑顔で言いました。

「分かりました、お願いします。」仕方なかった僕はこのような返事しかできませんでした。

先生は作業をやりながら、もう一度僕に聞きました。「抜く前か抜いたあとで教えるのはどっちがいい?」

「えっ、それはどっちでもいいですよ、先生!!」僕はよくわからなかった質問に答えました。

「じゃ、あとにしよう!はい、抜きましたよ。」先生は笑いながら、60cmぐらいの管を見せました。

「あ、それはどうも。」だまされた僕が絶句になりました。でも非常に、ほっとした状態でした。

(ときどき、このような冗談をされました。僕が頭を剃髪されたときにも、先生がびっくりしたふりをして、「ごめんなさい、部屋を間違えました。」と笑いました。最初は何も感じていませんでしたが、よく考えてみたら、治療のストレスを解消するため、冗談を言ってくれて、非常に助かりました。)

点滴を付けなくて大丈夫になって、開放感を非常に久しぶりに感じました。40日間ずっと持ち歩いていましたので、自由になったと感じました。また、寝るときにも寝方は心配しなくてもいいのです。点滴があった時は、ポンプが付いていましたので、管の上に座っちゃったり、踏んでしまったりしたら、アラームが鳴りました。(時々深夜でも鳴りました。)

しかし、骨髄検査の傷が非常に痛かったです。(傷自体は非常に小さかったのに)どれぐらい痛いかというと、僕がその夕方から次の日の朝までずっと、次回の検査を想像しちゃって、へこんでいました。(現在でもたまに骨髄検査される夢を見たりしています。もちろん怖かったせいで、すぐに起きちゃいました。)

40日間ぶりの外の空気

そうです!40日間ぶりに外に出られました。退院する前に、大事なことを確認しておきました。「先生、僕は食べられないものなどはありますか?」

「え?ありませんよ。何でもいいです。」ということで、この4日間で美味しいものをリチャージする目的で活動を開始しました。

今回はPさんの家に泊まることにしました。当時の状態ではまだまだ危険だと思って、万が一の場合があれば、またPさんに助けを求めればいいと考えました。

Pさんの家に荷物などを置いたとたんに、最初に楽しんだことはお風呂でした。いつもお風呂で10分かかったことない僕はほぼ1時間入ってました。それまでの毎日は歯を磨いたり、体を拭いたり、顔を洗ったりしかできませんでした。40日間にたった2回しか入れていなかったので、非常に気持ちよかったです。

退院して、もう一つ感じたことは「頭が寒かった」です。その時は2月(ご存じだと思いますが、相当真冬でした。)であり、自分の髪も一切ありませんでしたので、非常に寒かったです。化学療法の副作用のせいで、髪がどんどん抜け続けたら、床とベッドの上は僕の髪の毛だらけでした。そうすると、剃髪をしなければなりません。

My bald look in vector

退院したら、もう一つ感じたことは「頭が寒かった」です。その時は2月(ご存じだと思いますが、相当真冬でした。)であり、自分の髪も一切ありませんでしたので、非常に寒かったです。化学予防の副作用のせいで、髪がどんどん抜け続けたら、床とベッドの上は僕の髪の毛だらけでした。そうすると、ボールドをしなければなりません。

4日間のリチャージ目標は完璧に満たしました。(唐揚げ、焼肉、ラーメン、寿司などの食べたかったものを全部食べました。)ですが、お腹の調子が完全に復活してなかったので、いつもの3割ぐらいの量しか食べられませんでした。いつもは2回以上の替え玉を頼んでいた私は一杯のラーメンだけでもきつかったです。

4日間の時間は嘘みたいに早かったです。短かったが、評価できないほど価値がある4日間だったと思います。実際に、外の空気を吸ったり、歩き回ったり、普段の生活をしたり、友達と話し合ったりしたら、まだ生きている命があるだけでも最高に幸せだなと感じました。今の毎秒毎秒も僕はまだそう感じています。毎日毎日は楽しく人生を送って暮らしています。

つづく (ですが、次の更新はこのシリーズではありません)

先週は短く書こうとしたら、PVが非常に減っちゃいました。そのため、今秋からの更新は元通りにします。だから、みんなも戻って来てくださいね。次からはまた週1のペースで更新します。

また、僕は今回のブログの作成が遅れたため、修正が間に合わなかったので、僕の日本語のままに更新しましたが、近いうちに修正しますので、申し訳ありません。

もしよかったら、僕のTwitterでもこちらです。

最後なんですが、もしよかったら、シェアしていただいたら、非常にうれしいです。それではまた次回の更新です。(テーマは未定ですので、お楽しみにしてください)よろしくお願いいたします。

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